ストロー

頭の中の整理

海馬瀬人が拘っているもの 遊戯王 THE DARK SIDE OF DIMENSIONS考察

ストーリーの根底に流れる考え方が哲学的、宗教的で、1回見ただけではちょっと分かりづらかったかも。私が考えたことのまとめ。

原作と劇場版のネタバレあります。

 今作の海馬瀬人はアテムとデュエルし、アテムに勝つことに人生を懸けている。なぜ執拗にアテムを追いかけ回しているのか。それは海馬瀬人にとってアテムは「越えるべき父」だから。

 

原作遊戯王のストーリーのテーマは自立。武藤遊戯は最後の闘いの儀でアテムを倒し、自立した。海馬瀬人は、自分を虐待していた父親(海馬剛三郎)との決着をつけることが出来なかった。アニメデュエルモンスターズだと乃亜編で剛三郎と決着をつけ闘いの儀も見届ける。しかし、原作だと剛三郎が目の前で自殺し、それがトラウマになったまま終わった。今作はアニメの続編ではなく原作の続きなのだ。海馬瀬人の中では父親にぶつけるべきだった鬱憤や狂執や行き場のない怒り、大きなエネルギーのぶつける先が無くなっており、「勝てなかったアテム」に父親を投影し、その矛先を向けている。だから、会社の力で莫大な金を使って自ら冥界に行ってでも倒そうとしている。

 

虐待されていた頃の自分、虐待していた父親への憎しみが海馬瀬人の虎(*)なんだね……可哀想で可愛い。

*虎:私が勝手にそう呼んでるやつ。自分の内面のコントロール出来ない激情。またそれに行動や人生を操られ、身を亡されること。詳しい解説はこちら↓

goodbyesummer.hatenablog.com

 

でも海馬瀬人のカッコイイとこはそういう信念の強さ。

 

原作のテーマが自立であり、それを描くために「虐待父」と「親殺し」のモチーフは、海馬瀬人だけじゃなく何回も出てくる。父親というのが、少年が乗り越える壁のメタファーであり、父殺しは少年のイニシエーションという要素として使われている。

文庫版10巻のあとがきに原作者の高橋和希が述べた所によると、

御伽龍児:槍を持たせる父親

城之内克也:槍を持たない父親

海馬瀬人:槍を向ける父親

花咲友也:槍を捨てた父親

マリク・イシュタール:槍を刺す父親

槍というのは、向けられれば恐ろしいものだが、使いこなせるようになれば、生き抜くための武器にもなる。少年が武器を得て自立したことを描くための親殺しである。

 

遊戯王には「魂の器」という言葉が何度も出てくる。肉体は魂の入れ物である、というのが遊戯王の考え方。アテムは魂だけの存在であり、現世に現れるために武藤遊戯の体を入れ物としている。魂(意識)を肉体に入れることで存在しているのがこの現実世界。ディーヴァが言う「お互いの意識が干渉しあって世界を作り上げてる」というのも、そう考えるとどういう意味なのか理解できる。ディーヴァが言う高次元世界って、魂(意識)だけの世界ってことだよね。我々にも分かりやすく言うと、天国のような世界?プラナは既に意識の集合体になっていて、ディーヴァは人々の意識に干渉することで童実野高校にいたことになっていた。高橋和希先生によると、プラナ(意識だけの集合体)はSNSのメタファーだそうです。

ついでに思い出したけど、人々の肉体を取り除いて意識だけを一つの集合体にするって、エヴァンゲリオン人類補完計画だね。人と人とを隔てて、人を一人ひとり別の個人にしているのが、心の壁。心の壁とはATフィールド。

 

「高次元への次元上昇」(アセンション)という考え方は、あらゆる創作物に出てくるものなので、特段変わったことを言っているわけではない。これってニューエイジ思想がベースだから、劇場版で唐突にその考え方が出てきたのは戸惑った。まぁ元々魂の話してたので、ニューエイジっぽい考え方にたどり着くの分からなく無いけど。

シャーディーが言ってる「愛や守りたいものがあることで、逆に憎しみや悲しみなど負の感情も生まれる」っていうの、スターウォーズの「フォースの暗黒面」と同じ考え方だよね。ジェダイは強いフォースの力を持っているから、使い方を誤れば世界を滅ぼしてしまう。人を愛すると、失う恐怖や失った悲しみ、裏切られた憎しみを抱くことに繋がる。そのような負の感情は、ジェダイの騎士を「フォースのライトサイド」から「フォースのダークサイド(暗黒面)」に引きずり込む。ダークサイドに魅入られたジェダイは世界を壊しつくすシスとなる。だから、最初から人を愛してはいけないし結婚禁止というのがジェダイの教え。ディーヴァはシャーディーからその教えを受けていたのに、結局復讐心に身を滅ぼしてしまったが。ディーヴァを引き留めていた妹のセラはちゃんとその教えを守ってんだけどね。

海馬の演説の「肉体とは魂の入れ物、牢獄であり、肉体は魂を守るために武器を取り戦う」って言うとこ、前半は今までの話と同じなんだけど、後半は反戦っぽくて、父親の会社が軍需企業だったこと、それを海馬がゲーム会社に変えたことを言ってるように聞こえた。

 

 海馬が、アテムとデュエルしたすぎて、千年パズル組み上げるためだけに宇宙ステーションと軌道エレベーター作ったの可愛いね。遊戯がせっかく帰したアテムの魂もう一回連れて来いとか言いに来るしね。武藤遊戯は闘いの儀を通して自立し、もう未来に向かって歩いているのに、海馬は未だに一人だけ過去に囚われまくり。その信念の強さで自分も周りも振り回すところが海馬の可愛いとこでカッコイイとこだよね。冥界に行ってアテムと対峙できたんだから、今度こそ自分の過去に決着がつけられるといいね。

 

メタ的には、アテムに執着してあれこれする海馬=いつまでも遊戯王見てこうやって何やかんや言ってる俺達、現世に復活したアテム=映画化を受けてくれて脚本練ってくれた高橋和希。グサッと刺さる。

 

分からなかったのが、

①何でアテムって冥界から助けに来たの?

②アテムの魂が復活すると次元上昇できなくなるのは何故?

シャーディーは何故次元上昇させたがってたの?シャーディーの本当の目的は?

ってとこ。①は、アテムは武藤遊戯と城之内克也のことが特別で贔屓してるから、2人のピンチにだけ助けに来たんかも笑。友情、絆も遊戯王のテーマだったし、この2人の友情がメインで掘り下げられてたから。理屈じゃねえんだ。闘いの儀で自立した遊戯だから、アテムに頼って呼び戻してしまうと原作のラストの意義が薄れてしまう、でも俺たちはアテムを見たい……という大いなる矛盾に、海馬の記憶のAIアテムと、3度の登場シーンで完璧な回答をしてくれたの本当にすごい。②は……ストーリー上の都合? まぁ世界設定って、結局キャラクターを動かすための道具だから、深くツッコむ意味も無い気がする。③は高橋和希先生が言ってくれないと我々には分かりません。 分かったら書く。